行雲流水の如く

-Re-Start From 65 Years Old-

高島野十郎展(渋谷区立松濤美術館)へ

高島野十郎<からすうり> 1935年

 高島野十郎(たかしまやじゅうろう)という人の没後50年の美術展を見に行ってきた。場所は、渋谷の松濤美術館。初めて行った美術館だったが、渋谷駅から約15分、井の頭線神泉駅からだと5分位の場所にあって、閑静な住宅街の中にある。この美術展の事を知ったのは、実はつい最近で、しかもSNS上で紹介されていたことによる。数枚の絵を見て何となく気に入っただけで、ほとんど予備知識はなかったのだが、実際見に行ってとても良かったので紹介したい。

<さくらんぼ>昭和31〜32年

<高島野十郎(明治23年〜昭和50年)について>

 東京帝国大水産学科を首席で卒業した後、独学で画家の道を選ぶ。美術団体に属する事なく、自らの理想とする絵画を見出そうとした。孤高の画家と言われるが、ゴッホの影響を受けて「ひまわり」に倣った絵を描いたり、青木繁や岸田劉生等との交友があったようである。また、兄で詩人の高島宇朗(うろう)が禅宗に帰依していた事から、仏教思想に強く関心を持っていたそうである。上の作品「さくらんぼ」では、みずみずしい「さくらんぼ」の手前に一粒だけ黒く変色したものが描かれている。自然の摂理あるいは命の移ろいを描いているように見える。

<蝋燭> 大正時代(1912〜26)

  高島の代表的な絵画の一つ。親しい友人や知人に送ったものだそうだ。暗闇に浮かぶ蝋燭の炎が小さな画面の中に描き込まれた作品である。大変シンプルな構図だが、高島の求めていたものが光として描いているのだろうか?

<満月> 昭和38年頃

 高島は「闇を描くために月を描いた。月は闇をのぞくために開けた穴です。」という言葉を残しているそうである。初期の作品から晩年に近づくにつれて、周囲の風景は削ぎ落とされ、満月のみが描かれるようになったという。この「月」も「蝋燭の炎」も共通するものがあるのかも知れない。

高島野十郎<遺稿ノート>

 高島の残した遺稿ノートの中に次のような言葉が書かれている。

「花ひとつ、砂一粒を人間と同物と見る事、神と見る事」

 今回は、特に印象に残った作品だけを取り上げたが、実際には多くの静物画や風景画なども展示されている。時代によって描き方には違いもあるが、どの作品も非常に緻密で細かな部分にまで細心の注意が払われている。このような彼の感性が作品に現れているのだと思った。

和菓子屋「瑞穂」(原宿)

「瑞穂」の豆大福

 松濤美術館に行く前に、原宿の「瑞穂」という和菓子屋に立ち寄る。ここは、文京区音羽の「郡林堂」、港区高輪の「松島屋」とともに東京三大豆大福と言われる老舗の和菓子屋である。取り扱う商品は「豆大福」のみ。この日も次から次へと買い求める人が並んでいた。

 ちなみに、これで3大豆大福の全ての店を制覇したことになる。

かっぱ橋「飯田商店」

 美術館の後は、地下鉄を乗り継いでかっぱ橋の道具街へ。先日も「ぶらり途中下車の旅」で取り上げられていたせいか、平日の午後にも関わらず結構な賑わいである。

 かっぱ橋に来たのは久しぶりだったが、調理器具、食器、包丁、食品サンプルなど多様な商品を扱っていて、見て回るだけでも楽しい。今日は、卵焼きを作るための超便利グッズ(卵を溶く、巻く、切るが1本でできる!)と、永久にあく取りができる「あく取りさん」という商品を購入した。

甘味処「菊丸」のソフトあんみつ

 この日も暑かったので、最後にかっぱ橋近く、菊水通りに面した甘味処「菊丸」へ。店内は多くの女性客で賑わっていたが、幸いな事に入ってすぐ左側のカウンター席が空いていた。注文は迷わず「ソフトあんみつ」。一緒に出してくれた冷たい抹茶が嬉しかった。あんみつの味も適度な甘さで大変おいしかった。あとで、気付いたのだが、こちらの店はこういった甘味以外にも穴子いり五目ちらしやハンバーグなども提供しているらしい。ぜひ、もう一度立ち寄りたい店になった。

<My Favorite Photos>

鎌倉「浄明寺」の竹林 平成30年3月

<My Favorite Songs>

CSN&Y  「Suite:Judy Blue Eyes」

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  クロスビー・スティルス・ナッシュ・&ヤングは1960年代後半から70年代にかけて、活躍したフォークロックとも言えるジャンルを確立したスーパーグループの一つ。元バーズのデビッド・クロスビー、元バッファロー・スプリングフィールドのスティーブン・スティルス、元ホリーズのグラハム・ナッシュの3人が結成し、その後ニール・ヤングが加わってCSN&Yと呼ばれるようになった。既存のフォークソングやロックンロール、カントリーミュージックとは異なる次元の音楽であったと記憶している。

 友人たちと「Carry On」のカバーを試みたが、あまりにも複雑な音の作りに断念してしまったが、通常とは違う「オープンチューニング」などを知ったのも彼らの影響であった。

 また、当時人気のあった「ガロ」は、日本で最も優れたカバー曲を演奏していた。

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東京ぶらり旅(豊川稲荷〜門前仲町・深川八幡堂)

豊川稲荷東京別院

 約1年振りに、赤坂の豊川稲荷(東京別院)に出かけた。ここは以前も紹介したが、お参りすると金運・財運アップのお守りとして「融通金」を頂く事が出来る。融通金には本物の10円硬貨が入っていて、財布に入れておく。願いが叶うか1年後にお礼を込めて返却し、新たな融通金を頂くというものである。今年1年何とかやってこれた事に対して、お参りしてきた。

融通金

 お参りを済ませた後、急に雨が降ってきたので、慌てて最寄駅の赤坂見附駅近くの喫茶店に駆け込んで、アイスコーヒーとカルボナーラで軽めの昼食にする。

 午後は、地下鉄を乗り継いで門前仲町の深川へ。この時期は深川八幡祭りが開催されていて、16日には54基の神輿が練り歩く「各町神輿連合渡御」というものが開催されるそうだが、今日の所街は普段通りの様相であった。

人情深川ご利益通り

深川不動堂

 深川不動堂は、東西線の門前仲町駅を降りて数分の所にある。この「門前仲町」という地名は、江戸時代に創建された富岡八幡宮の門前町と、永代寺(富岡八幡宮の別当寺)の門前にあった「永代寺門前仲町」からきているそうだ。周辺の町と併合・改称が行われ「門前仲町」という地名になったそうである。

 深川不動尊の参道や周辺には、昔ながらの和菓子屋やレトロな喫茶店なども並んでいて、歩いていくと昭和のノスタルジックな気分を味わう事が出来る。

 こちらは、きんつばで有名な店「深川華」。午後2時頃伺ったが、本日の分は売り切れてしまい、3時頃になるとの事。先日テレビでも紹介されただけあって、人気のようだ。3時過ぎに伺う旨を伝えた、近くの喫茶店を探す。

甘味処「由はら」

クリームあんみつ

 本当は「いり江」という甘味処に行くつもりだったが、あいにく休みだったので、ブラブラ探しながら見つけた「由はら」という店に入る。テーブルが5〜6席の小さな店で、まさしく昭和レトロな店である。高齢の女主人が一人で切り盛りしていて、素朴な温かみのある店だった。注文は「クリームあんみつ」

移転前の「伊勢屋」(ネット借用)

 3時過ぎにきんつばを受け取って、最後に「伊勢屋」という店に立ち寄った。こちらは、団子が有名なのだそうだが、いなり、大福などの他に煮物や麻婆豆腐などの惣菜も扱っている。また、本来なら食事処でもあったらしい。とりあえず今夜のおかず用に、煮物と玉子焼きを購入した。なお、本店はビル建替え工事中で仮店舗にて営業している。ぜひ、リニューアル後に再度訪問したいものである。

<My Fsvorite Photos>

北海道美瑛町「青い池」H30.7.22

<My Favorite SongS>

The Birds『My Back Pagess 』

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  ボブディランが1964年にリリースした曲である。ザ・バーズによるこのカバーは3年後の1967年。自分の世代にとってボブディランは、もう少し上の世代の歌手かも知れない。自身も「風に吹かれて」で代表される「反戦歌を歌う歌手」として捉えていた。(ディラン自身は、反戦歌を書いたことは一度もないと言っているそうだが)

 ギター一本で、例のしわがれた声で歌うスタイルは、あまり馴染みがなかったのだが、バーズのようなバンドのカバーを聴くと、メロディメイカーとしての一面を垣間見る気がする。

 この曲には「Ah,But I was so much older then,I'm younger than that now」というリフレインがある。和訳すると(ああ、だが私はとても年老いていた。そして今、私はあの頃よりずっと若い)ということになる。ディランの書く詩はなかなか難解だが、独善的で一人よがりだった過去を振り返り、今の自分の方がよっぽど自由だと言っているようにも聞こえる。



 

新車を購入しました!

  新車を購入した。と言っても自転車である。今まで乗っていた自転車は、ブレーキの部分の調子が悪く、それを騙しだまし乗っていたのだが、そろそろ限界かなという事で購入する事にした。

  自転車を選ぶに当たって、一番重視したのは「軽さ」である。自分は10年程前に膝を痛めた事があって、それ以来あまり膝に負荷をかけられなくなっている。今回選んだ自転車は「khodaabloom(コーダーブルーム)」というメーカーのもので、重量は9.9kg。一般的なクロスバイクで10kg~13kg、ママチャリで16kg~20kgというから、結構軽い方だと思う。また、日本のメーカーという事で安心感があった事も、選んだ理由である。

 以前自転車好きの友人から、「10万円以下の自転車は、買わない方が良い」と言われた事があったが、日常使いのものとしては、十分である。

 新しい自転車で風を感じながら走る事は、とても爽快である。初めて自転車を買ってもらった時の事を思い出したりする。小学生の頃の自分の自転車は、兄のお下がりで、父親が水色のペンキを塗ってくれたものだった。近くの公園に友人たちと自転車で集まる時は、仲間の自転車が羨ましくて仕方なかった。だから、中学生になって、初めてドロップハンドルの自転車を買ってもらった時は、嬉しくて仕方なかったものである。

 久しぶりに、1枚描いてみた。描いた言っても、これはIBISPAINTという無料のアプリを使った「なぞり絵」のようなものである。それでも、大まかなラインを写しとった後の、細かな補足線や陰影などは自分で加筆するので、ここまでで15時間もかかってしまった💦最後は、かなり雑な仕上がりになってしまったが、このへんで手を打つ事にした。次回は、また色を使って見ようと思っている。

〈My Favorit Songs〉

裕木奈江「転校」

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 伊勢正三が他の人に提供した曲はいくつかあるが、この曲は最近見つけたものである。そもそも裕木奈江という人の名前も初めて知ったが、調べてみると歌手兼女優さんなのだと言う。

 1993年というから、正やんが長い沈黙の後、久しぶり出したシングル「ほんの短い夏」と同じ年である。とても良い曲なので、バンドの方でもやってみたいと思っている。

Rさんを偲ぶ会

 先日亡くなった「Rさんを偲ぶ会」が、練馬区桜台の区民館で開催され、Rさんのご家族やかつての音楽仲間が集まった。本当は先月の27日に予定されていたのだが、あいにくの台風のため延期になっていたものだ。この会の主催は、音戯箱(おとぎばこ)と言って、通称トメさんが発起人となり、以前一緒にバンド活動をしていた経験のあるタケちゃんが世話人のという形で運営された。

 はじめに発起人であるトメさんからの挨拶の後、演奏順はいつもの通りあみだくじで。1グループ(個人を含む)15分の2回回しという流れである。

いきものがたり

 本来は4人編成だが、今日はそのうち2名が参加。エレキギターを交えて洋楽あり邦楽ありのパワフルな演奏を聞かせてくれた。

Arpeggio(アルペジオ)

 同じ中学校の同級生2人、高校生の時の仲間による3人組。日本語の歌を綺麗なハーモニーにのせて演奏してくれた。

ひとみさん

 Rさんが通っていたお店のオーナーであるひとみさんが、この会の事を聞いて駆けつけてくれた。

 主催者のトメさんのグループ。本来は他の2人との3人組だが、それぞれ都合がつかず、応援部隊と一緒に歌ってくれた。

 

 Rさんは、オリジナルソングをいくつか持っていて、彼の作った歌を仲間たちで演奏した。

Rivers

 我がRiversも参加。Rさんが好きだった伊勢正三の「海岸通り」「傘の雫」「北国列車」などを演奏した。

集合写真

 1人の人間のために、こんなに多くの仲間たちが集まったのは、ひとえに彼の人柄なのかも知れない。(都合がつかず、参加出来なかった仲間も大勢いた。)

  また、多くの人たちが繋がりあえる事の出来る「音楽」というものの強さを改めて感じた。

〈My Favorit Photos〉

軽井沢

〈My Favorit Songs〉

傘の雫 イルカ

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 今回演奏した「傘の雫」を。

日光~足利へ

 約1年ぶりに日光へ。お目当ての一つは、今市市にある日光みそのたまり漬の店「上澤梅太郎商店」の朝食である。この店には昔からお世話になっていて、「らっきょう漬け」や「にんにく漬け」などよくネット注文していたのだが、朝食の事を知ったのは最近の事である。「上澤の朝食が食べられる」と聞いて早速、初日の9時に予約した。

「隠居うわさわ」の庭と座敷

 「隠居うわさわ」は商店に隣接する古い建物をリニューアルしたものらしく、詳細は不明だが、江戸時代生まれの職人たちが建てた小さな平家だそうである。入り口に入ると手入れの行き届いた落ち着いた庭が出迎えてくれた。玄関口から入ると、通されたのは20畳ほどはあろうかという畳敷きの和室にテーブルと椅子が置かれていて、ここで食事を頂くようである。

汁飯香の食事

 メニューはいたってシンプルである。ひと組ごとに炊き上げる土鍋のごはん、日光味噌の味噌汁(今回は茄子の味噌汁)、そして上澤梅太郎商店の味噌漬けのみ。今回は、これに牛肉のしぐれ煮と鮭の焼きほぐしを追加してもらった。(オプションで1つ550円)

 特に、飯が美味い!この食事の主役は炊き立てのご飯であって、味噌汁と香の物は、その引き立て役として十分過ぎる程の役割を果たしている。普段は1膳しか食べないのだが、ここでは3杯も食べてしまった💦

二荒山神社風鈴祭り

なにくそ石

 二つ目のお目当ては日光二荒山神社の風鈴祭り。この神社は日光三山(男体山、女峰山、太郎山)を御神体にする神社で、縁結びや招福のご利益があるそうである。期間は7月3日から9月7日まで。磁器と陶器の風鈴が1100個飾られているが、この風鈴は神社の職員であり陶芸家でもある佐藤さんという方が制作されたとのこと。あいにくの雨模様だったが、それがまた風情を感じさせてくれた。

 境内を歩いていると、あちこちに有難いお言葉が書かれているのだが、途中「なにくそ石」という石があって、思わず笑ってしまった。こんな言葉が添えられていた。

「亀にも見える かがみこんで、我慢しているようにも見える。耐えて耐えて耐え抜いた先に、一筋の光が見える なにくその精神で頑張る」

湖上苑(中禅寺湖畔)

 今回1番のお目当ては、宿泊先の「ホテル湖上苑」である。創業は大正12年、中禅寺温泉の中でもかなりの老舗になるという。車で「いろは坂」を登り切って、すぐに湖の方へ左折すると、湖畔ぎりぎりの所に建っている。道路から湖の方へ少し下るようなロケーションである。看板にもあるように、以前は外国大使の別荘跡だそうだ。

部屋から見る中禅寺湖

 部屋数は全部で10室しかなく、館内もレトロで決して近代的なホテルではない。しかし、朝夕見られる中禅寺湖の景色の変化は素晴らしく、また、湖畔を渡ってくる風がとても心地よい。忘れられがちだが、中禅寺湖の標高は約1300mで、夏でも最高気温は23℃〜25℃程度というから、ちょっとした避暑地並みなのだ。

豆乳ときのこの茶碗蒸し

ニジマスの唐揚げ湖上苑風オレンジソース

国産牛のステーキ

メニュー(前菜:五種の盛り合わせ、蒸し物、魚料理、肉料理、ご飯、デザート)

 食事はどれも美味しいが、特におすすめは、このニジマスの唐揚げ。頭から骨まで食べられる。食事中だったが、中居さんが「ちょうど中禅寺湖の夕景が綺麗ですよ。」と言って、わざわざバルコニーで写真を撮って下さった。こういう心遣いがとても嬉しい。

 中禅寺湖には源泉がないため、奥日光の湯元温泉の源泉を3km引き湯して使用している。泉質はにごり湯が特徴の硫黄泉(硫化水素泉)である。外湯もあって、湖を眺めながら入る温泉は格別である。

 翌日は5時頃に目が覚めてしまう。朝風呂に浸かったあと、朝食を済ませ10時頃チェックアウト。金谷ホテルのベーカリーレストランや、日光表参道(日光駅から東照宮に続くエリア)にある羊羹屋などを尋ねながら、午後は足利市にある「足利学校」に立ち寄った。

孔子廟

孔子坐像

 

 足利学校の創建につては、3つの説があるそうだが、どれが正しい説であるかは現在も解明されていないそうである。足利学校の歴史が明らかになるのは室町時代中期で、上杉憲実という人が学校を整備し、書籍の寄進や庠主(校長)を招き入れ、学生を養成したとある。あのフランシスコ・ザビエルによって海外にも紹介されたそうである。

 上の写真は、学校敷地内にある日本最古の孔子廟で、孔子坐像が安置されている。

有座の器

 孔子は「中庸」を理想として、常に座右の銘にしていたそうだが、これは館林市在住の鍛金師の方が制作して寄贈されたものだそうである。空の時には傾いているこの器は、少し水を入れるとまっすぐになり、八分目を超えて入れすぎるとひっくり返ってしまう。実際、自分も体験してみたが、なるほどと感心させられた。
 

<My Favorite Photo>

ハワイ島にて

<My Favorite Songs>

Angel on my sholder

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 この曲はyoutubeを見ていた時に偶然見つけたもので、詳細はよくわからない。シェルビー・フリントというアメリカの歌手で60年代に短い期間活躍したそうだ。シンガーソングライターという事だが、カバー曲もいくつかあるようだ。

 面白いのは、元YMOの細野晴臣がカバーしている。本来の曲調とは全く異なったブルース調に仕上がっているが、これはこれで良い仕上がりである。

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オオムラサキの授業を行いました

 例年、5月から7月頃までは、オオムラサキを育てながら、市内小学校での授業や市民向けの観察会の実施などを行っている。今年から、新たに「羽ばたけ!オオムラサキ」というブログを別に立ち上げたので、そちらの紹介がてら、記事をアップさせて頂いた。

 国蝶オオムラサキについて、興味関心のある方は、覗いてみてください。

 6月12日(木)中山小学校、16日(火)若宮小学校、17日(水)大柏小学校の順で3校の3年生児童にオオムラサキの授業を行ってきました。

 3年生は理科でモンシロチョウを育てる学習を行いますので、他のチョウとの比較という視点で行いました。

 幼虫はグループに1頭ずつ配ります。観察の際は、フタを外してプラ板の板の上に乗せて観察してもらいました。必要に応じて板を持ち上げることで、体の横側や足の部分も、観察しやすくなります。子どもたちは、はじめは恐るおそるという感じですが、オオムラサキの顔を見ると一斉に「かわいい!」と声を上げます。

 歓声を上げながr、フンをする様子やあちこち動き回る姿を観察しました。また、運が良いグループはエノキの葉を食べる様子を観察してできた所もありました。

絵と言葉で記録します

<授業の概要は次の通りです>

1 オオムラサキの紹介・・写真と標本

2 国蝶であることを知る

3 成長の仕方 卵ー幼虫ーさなぎー成虫(モンシロチョウと同じであること)

4 オオムラサキの幼虫の観察(約15分)

5 サナギのクイズ(頭はどっち)・・羽化の動画で確認

6 モンシロチョウとオオムラサキのえさ(幼虫と成虫のちがい)

7 オオムラサキの生息分布図から、都心では絶滅している事を知る

8 どうして、市川や都心では絶滅してしまったのかを話し合う

9 凖絶滅危惧種について

 

Rさんの死

新緑|季語|暦生活 | 日本の季節を楽しむ暮らし

 季節の変化は早いもので、つい先日まで咲き誇っていた桜はすっかり葉桜となり、テレビの天気予報では夏日という言葉が普通に使われるようになってきた。うかうかすると自分の時間というものが、ぽっかりと空白になってしまう感覚すらある。いつの世も、過ぎた時間はとても早く感じられるものだが、その空白の時間を自分なりに満足して過ごせたかが大切な気がする。

アコースの会のメンバー(約10年前)

 先日、音楽仲間であるRさんが亡くなった。膵臓癌である。この年齢になると毎年のように知人が亡くなる話が多くなるが、彼は今のバンドをやる前に一緒にユニットで演奏活動をしていた事もあり、ドスンと衝撃を受けた。

 彼との出会いは、自分が退職した後に音楽活動を再開するきっかけとなった「アコースの会」という東京の音楽サークルに入った事である。まだ、知り合いも誰もいない頃、初めて自分に声をかけてくれたのがRさんであった。大柄でサングラスをかけていて、初めは強面で怖そうな風貌だったが、話してみると話好きで、何より自分も大ファンだった伊勢正三の話で盛り上がったものだ。程なく、彼と2人で演奏するようになった。また、彼は自分で作ったオリジナルの曲を沢山持っていたし、自分も学生の頃に作ったものが少しばかりあったので、伊勢正三の曲と自分たちのオリジナルを交えながら、いくつかのオープンマイクなどに参加するようになった。練習場所は、大体カラオケボックスであった。

 ただ、当時彼は仕事が忙しく、練習は本番前に1〜2回音合わせをする位しか出来なかった事から、少しずつ一緒に活動する事は少なくなってしまった。

 彼から癌であることを聞かされたのは、約1年半位前だったか。手術や投薬治療を受けながら、彼なりに精一杯頑張っていたようだが、3月にラインに連絡があったのが最後だった。

 6月に音楽仲間が集まって、追悼コンサートをやろうという話があって、自分も参加させてもらう予定である。これも彼の人徳なのだと思う。今は、心よりご冥福を祈るばかりである。

<My Favorite Photo>

Rさんと

<My Favorite Song>北国列車 風

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「かぐや姫」から独立した伊勢正三が、二人組のDuoグループ「風」の2枚目rのアルバム「時は流れて・・」の1曲目に収録された曲。1976年1月リリース。学生の頃から大好きだったこの曲を、初めてRさんと演奏した曲でもある。当日は風邪をひいて、鼻声だったのを頑張って歌ったのを覚えている。