
高島野十郎(たかしまやじゅうろう)という人の没後50年の美術展を見に行ってきた。場所は、渋谷の松濤美術館。初めて行った美術館だったが、渋谷駅から約15分、井の頭線神泉駅からだと5分位の場所にあって、閑静な住宅街の中にある。この美術展の事を知ったのは、実はつい最近で、しかもSNS上で紹介されていたことによる。数枚の絵を見て何となく気に入っただけで、ほとんど予備知識はなかったのだが、実際見に行ってとても良かったので紹介したい。

<さくらんぼ>昭和31〜32年
<高島野十郎(明治23年〜昭和50年)について>
東京帝国大水産学科を首席で卒業した後、独学で画家の道を選ぶ。美術団体に属する事なく、自らの理想とする絵画を見出そうとした。孤高の画家と言われるが、ゴッホの影響を受けて「ひまわり」に倣った絵を描いたり、青木繁や岸田劉生等との交友があったようである。また、兄で詩人の高島宇朗(うろう)が禅宗に帰依していた事から、仏教思想に強く関心を持っていたそうである。上の作品「さくらんぼ」では、みずみずしい「さくらんぼ」の手前に一粒だけ黒く変色したものが描かれている。自然の摂理あるいは命の移ろいを描いているように見える。

高島の代表的な絵画の一つ。親しい友人や知人に送ったものだそうだ。暗闇に浮かぶ蝋燭の炎が小さな画面の中に描き込まれた作品である。大変シンプルな構図だが、高島の求めていたものが光として描いているのだろうか?

高島は「闇を描くために月を描いた。月は闇をのぞくために開けた穴です。」という言葉を残しているそうである。初期の作品から晩年に近づくにつれて、周囲の風景は削ぎ落とされ、満月のみが描かれるようになったという。この「月」も「蝋燭の炎」も共通するものがあるのかも知れない。

高島の残した遺稿ノートの中に次のような言葉が書かれている。
「花ひとつ、砂一粒を人間と同物と見る事、神と見る事」
今回は、特に印象に残った作品だけを取り上げたが、実際には多くの静物画や風景画なども展示されている。時代によって描き方には違いもあるが、どの作品も非常に緻密で細かな部分にまで細心の注意が払われている。このような彼の感性が作品に現れているのだと思った。


松濤美術館に行く前に、原宿の「瑞穂」という和菓子屋に立ち寄る。ここは、文京区音羽の「郡林堂」、港区高輪の「松島屋」とともに東京三大豆大福と言われる老舗の和菓子屋である。取り扱う商品は「豆大福」のみ。この日も次から次へと買い求める人が並んでいた。
ちなみに、これで3大豆大福の全ての店を制覇したことになる。

美術館の後は、地下鉄を乗り継いでかっぱ橋の道具街へ。先日も「ぶらり途中下車の旅」で取り上げられていたせいか、平日の午後にも関わらず結構な賑わいである。
かっぱ橋に来たのは久しぶりだったが、調理器具、食器、包丁、食品サンプルなど多様な商品を扱っていて、見て回るだけでも楽しい。今日は、卵焼きを作るための超便利グッズ(卵を溶く、巻く、切るが1本でできる!)と、永久にあく取りができる「あく取りさん」という商品を購入した。

この日も暑かったので、最後にかっぱ橋近く、菊水通りに面した甘味処「菊丸」へ。店内は多くの女性客で賑わっていたが、幸いな事に入ってすぐ左側のカウンター席が空いていた。注文は迷わず「ソフトあんみつ」。一緒に出してくれた冷たい抹茶が嬉しかった。あんみつの味も適度な甘さで大変おいしかった。あとで、気付いたのだが、こちらの店はこういった甘味以外にも穴子いり五目ちらしやハンバーグなども提供しているらしい。ぜひ、もう一度立ち寄りたい店になった。
<My Favorite Photos>

<My Favorite Songs>
CSN&Y 「Suite:Judy Blue Eyes」
クロスビー・スティルス・ナッシュ・&ヤングは1960年代後半から70年代にかけて、活躍したフォークロックとも言えるジャンルを確立したスーパーグループの一つ。元バーズのデビッド・クロスビー、元バッファロー・スプリングフィールドのスティーブン・スティルス、元ホリーズのグラハム・ナッシュの3人が結成し、その後ニール・ヤングが加わってCSN&Yと呼ばれるようになった。既存のフォークソングやロックンロール、カントリーミュージックとは異なる次元の音楽であったと記憶している。
友人たちと「Carry On」のカバーを試みたが、あまりにも複雑な音の作りに断念してしまったが、通常とは違う「オープンチューニング」などを知ったのも彼らの影響であった。
また、当時人気のあった「ガロ」は、日本で最も優れたカバー曲を演奏していた。






























中禅寺湖には源泉がないため、奥日光の湯元温泉の源泉を3km引き湯して使用している。泉質はにごり湯が特徴の硫黄泉(硫化水素泉)である。外湯もあって、湖を眺めながら入る温泉は格別である。










