行雲流水の如く

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3人旅〜東海道線の旅(三島・焼津方面)

 10月5日(日)〜6日(月)いつもの3人(3爺)旅に。今回は東海道線に乗って三島から焼津方面に向かった。実は、この旅は、昨年の9月に予定していたのだが、台風の影響でキャンセルになり、1年越しの旅行となったものである。

 いつものように、朝8時30分市川駅に集合。今回も基本的には普通列車で行く予定なので、suicaに概ね必要と思われる額をチャージして、総武線快速に乗り込んだ。戸塚で東海道線に乗り換え、11時30分頃に三島駅到着。

 駅前の観光案内所で情報を仕入れて、およそのルートを決めてから歩き始めた。最初に向かったのは、三島駅から徒歩3分という楽寿園である。元々は明治維新で活躍された小松宮彰仁神王が明治時代に別邸として造営されたもので、庭園は国の天然記念物及び名勝に指定されている。中央には小浜池という湧水による池があるのだが、最近は渇水傾向にあり、自分たちが見た時にも水が干上がって池の底が露出してしまっているところもあった。

(下の写真は満水時のものである。)

小浜池(満水時)ーネット借用ー

 元来三島市街地は、約1万年前に富士山の噴火で流れ出した溶岩が、この地で止まった所であり、溶岩の隙間を伏流してきた地下水があちこちに湧き出している。源兵衛川や白滝公園などの湧水郡や、溶岩塚、縄状溶岩などが見られるなどの特徴がある。

溶岩の上に根を張る樹木

 また、三島には「三島梅花藻(ばいかも)」という川の中に白い花を咲かせる植物がある。いわゆる「水媒花」である。楽寿園の小浜池で発見され、梅の形に似ていることからこの名前がついたそうだ。きれいな冷たい水の中でしか育たないという。

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 都会とは違う爽やかな風を感じながら、目的地の一つ「三島大社」へ。

三島大社

 三島大社の歴史は大変古く、創建は不祥だそうだが、少なくとも1300年頃に編纂された「吾妻鏡」に記載が見られるとか。また。「三島」とは「伊豆大島・三宅島などから成る伊豆諸島を指すと言われているそうだ。

 実は子供の頃、三島には親戚の家があって、夏休みになると三島大社のお祭りに連れて行ってもらったことを、子供心によく覚えている。浴衣を着たたくさんの人の群れや、まばゆいアセチレンか何かの灯、甘い綿菓子の匂いなど、今でも心に残っている。

源兵衛川

 三島大社にお参りした後は、源兵衛川を通りながら三島駅に戻った。写真でも分かるように、まさしく川に木道のようなものやコンクリの円形ブロックのようなものを渡っていくのだが、歩くのに必死で、あまり良い写真は撮れなかった💦ただ、後日見つけた本の表紙に源兵衛川沿いにある店が取り上げられていたので、そちらの写真を載せさせていただく。

 この後、三島から宿泊先の焼津に移動する。ホテルには夕方到着。このホテルは船員保険保養所になっていて、比較的リーズナブルに宿泊することができる。また、海沿いの温泉地でもあるので、海水の半分程度の塩分を含み、非常に身体が温まる良い温泉であった。

 一風呂浴びてから、近くの「大漁山ちゃん」という食堂へ。我々の旅は、大体夕食は近くの食堂や居酒屋に出向いて、地元の食事を頂くのが通例である。ここは焼津港が近いため、新鮮な魚介類がいただけるとのこと。今夜は、刺身定食に生桜えび等々。ボリュームがあって、これだけでお腹いっぱいになってしまった。

 翌日、チェックアウトしてからタクシーで「花沢の里」に向かう。約20分程で到着。ここは、谷地を切り拓いて形成された、わずか30戸程の小さな集落郡である。花沢川に沿って古民家がたたずみ、まるで遠い昔にタイムスリップしたような感覚になった。静岡県初の国の重要伝統的建造物群保存地区なのだそうだ。

静かな佇まいの中を登っていく。

彼岸花

見晴台からは駿河湾が見えた。

一汗かいた後は、焼津を後にして清水へ移動。ここで昼食をとる。

マグロ切り落とし丼

 清水港の近くには多くの食堂が並んでいるが、自分たちは「河岸の市おがわ」へ。昨夜に続いて海鮮丼を注文。分厚く切ったマグロの赤身に大トロも入った贅沢などんぶりで、こちらも昨夜同様かなりのボリュームであった。残さず食べるのが精一杯💦

 

 こうして、今回も3人旅が無事終わった。わずか1泊2日の旅だが、普段の生活には見られない景色や空気、食べ物等など。旅の良さは「日常の中のほんの少しの非日常」を味わえる事にあるとつくづく思うことができた。

<My Favorite Songs>

Gilbert O'Sullivan [Alone Again]

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